ドナーさんちのパーティー その15
晩年のルイス・ケスバーグ
ドナー隊の最期の目撃者であるルイス・ケスバーグ。
彼は最後の救助隊に発見された折、「タムゼン・ドナーを殺して食べた」として救助隊員から集団暴行を受けた。彼はこれを「濡れ衣を着せた」として、救助隊の何名かを名誉毀損で訴えている。彼は裁判に勝ちはしたものの、法廷が彼に贈った損害賠償は当時としてもはした金の1ドルのみ。裁判費用もケスバーグの負担となった。
1847年の『カリフォルニア・スター』紙は、ケスバーグが救助隊員から受けたリンチに近い扱いを記事にするとともに、ケスバーグの振る舞いをバケモノ扱いの筆致で書き立てていた。それによれば
「春の雪解けによって、埋もれていた牛馬の肉が顔を出した。それを食べて生きられるはずなのに、ケスバーグはあろうことか人肉を好んで食べていた!」というものである。
ケスバーグは老いるにしたがって爪はじきにされ、しばしば脅迫を受けたりしたため、家に引きこもるようになった。ケスバーグは、取材陣のマクグラシャンにこのように言っている。
「しょちゅう思うんけどな、神様ってやつぁ、人間がどれだけ辛くて悲惨な境遇に耐えられるか試そうってんで、世に人もあろうにこの俺を名指ししたのさ!」
これを読めばケスバーグは「悲劇の主人公」という運びになるだろう。
しかし…
別の資料が物語るケスバーグはあまりにも能天気だ。それによれば…
後年、ケスバーグはサクラメントシティの酒場を飲み歩いては、ドナー隊の武勇伝を吹聴した。そしてタムゼン・ドナーをこのように褒めちぎったという。
「俺の食ったオナゴの中じゃあ、一等に生きがよかったなぁ。数ポンドもの脂をあの柔らかい尻から煮出したもんさ。」
1850年代。
ケスバーグはサクラメントの街にステーキハウスを開店した。
その宣伝文句にいわく。
「最高に柔らかい肉しか売りません」
悲劇の主人公か?
あるいは人を食ったお調子者か?
160年を経た今では知るすべはない。
完







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