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2009年7月

2009年7月 4日 (土)

これでいいのか? 両刃斧に迫る危機!

昨年夏、電気街からヲタクの聖地へと変貌した東京・秋葉原を襲った通り魔・加藤!

平々凡々、美男子ではないが別段醜くもないルックスに極端なコンプレックスを抱き、主体性の無い人生観から陥った苦境に不満を抱き、鬱々として楽しまない彼はある日キレた。

自らが働く職場のロッカーから、自身の作業衣が見当たらない!

「俺に『出て行け!』という意味か!」

自暴自棄になった彼は中京地域の工業都市を飛び出してなぜか北陸へ向かい、ナイフを入手。レンタカー会社で2トントラックを借りて向かった先はヲタクの聖地。秋葉原。

その後何が起こったか・・・

言わずと知れた平成20年六月八日日曜日、秋葉原通り魔事件。死者7人、重軽傷者10人を出した「秋葉原通り魔事件」である。

事件後、警察も政府関係者もマスコミも犯行の遠因となった「派遣労働と生活苦」「若者が生きづらい平成不況」にメスを入れることもなく、責任をすべてあるものに押し付けてしまった。

加藤が用いた両刃のナイフ「ダガー」に。

ダガーナイフは中世ヨーロッパで、戦の際に甲冑で防御した兵士を屠るのに用いられた殺しの刃物。そもそも甲冑は硬い鉄板で構成され、鍛え上げた刃とて食い入るすきは無い。しかし、中に納まっているのは所詮は人体だ。その柔らかい肉体を持った人間が快適に過ごすためには、ある程度の隙間が必要である。関節を楽に曲げるために。息をするために。排泄をするために。

ダガーはその隙間から入り込み、鎧武者の命を奪う。近世では銃の先に取り付けられて「銃剣」となり、幾多の兵士を地獄行きにした。

しかしその歴史的な流れはロマンを生み出し、多くのナイフマニアにも愛されたダガー。

その歴史的流れのままにダガーは悪意を持った男の手によって、歩行者天国を地獄にした。

警察庁は加藤の内面に向き合おうともせず、「ダガーを含め全ての諸刃の刃物」に責任を押し付ける。

2009年1月5日 、 銃砲刀剣類所持等取締法の一部が改正後、施行され

刃渡り5.5cm以上の剣(ダガーナイフなど左右均整の形状で両側に刃がついた刃物)」は原則として所持が禁止された。

2009年7月5日までに輸出または廃棄しなければならない。

あげく「両刃の刃物叩き」はダガーのような現代日本では観賞用にしかならない刃物はおろか、「生活の刃物」にまで及ぼうとしている。

養蜂業者が蜜取りに用いる刃物は「両刃」ゆえに禁止。挙句は水産加工業者が「牡蠣むき」に用いる刃物にまで累が及ぶ。

悪いのは両刃の刃物ではない。刃物を凶器にしようと企む人間が悪い。片刃のナイフでも包丁でも、ロープでも石でも人間は死ぬ。粉砂糖でも粉塵爆発で人を殺せる。

ただ「両刃」というだけで叩くアホらしさ。

さて斧マニアとして「両刃叩き」を見るに、「両刃斧」はいかなる処遇を受けるかということだろうか。

0111mwdha ダガーのような「突く」用途には向かない形状。

これで人を突き殺すことは出来ない。それよりも突く体制で持てば腕が疲れる。まず「刺殺」は出来ない。

しかし刃がふたつ。「斬殺」の威力は2倍速だ。一方の刃がこぼれたらもう一方の刃で斬りかかれる。

そして何より「心象」がよろしくない。斧が無慈悲な凶器として大活躍する洋モノのホラー映画では、殺人鬼のメインウェポンとして大活躍。峰打ちの安堵は与えぬ一撃必殺の武器、挙句は彼方から放り投げればクルクルと回転しつつ空を切り、逃げ去ろうとする哀れな美女の背を深々と断ち割る。

Frailty

ジェイソン君も、「悪魔のサンタクロース」ことビリー君も両刃斧の特性を生かして大活躍。

もとより両刃斧は生活の道具。硬い木と柔らかい木で刃を使い分けるため、一本の斧にまとめた生活の知恵の結晶だ。

斧を投げるのは、北米の木こりが次に目指す木を仲間に知らせる合図だ。

しかしその特製が「殺人にも最適」ゆえに悪いイメージとして広がった。

生活の刃物にまで両刃たたきが及ぶ今、両刃斧は存在を認められるだろうか?

禁止になる前に買え!と言うわけでもないけど、両刃斧購入リンクのっけときますね。

牡蠣剥きネタで牡蠣が食いたくなった人はこちらへ。

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