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2009年11月29日 (日)

かまどの煙突

弥生時代から古墳時代にかけてわが国に伝来した「かまど」。

土鍋の下半分を覆って火が作り出す熱量を分散させることなく、適格に煮込みへの力とかえる。これが日本の食文化に大いなる貢献をしたことは疑いない。

しかもそのかまどは画期的なものであった。はるか1500年後の江戸時代に使用されていたものより優れていた。

「煙突」が付いていたのである。

Kamadodanmen 焚口から差し込まれた薪が上げる炎は煙突へ向かう上昇気流とともに、かまどに据えられた土鍋の尻を撫でる。撫でられて赤熱すれば内の湯は一層激しく沸騰し、上に重ねられた土製の蒸し器「甑(こしき)」に満たされた米に湯気が送り込まれる。

こうして研がれた生米はおこわになって、一家の健康な胃袋へと消えるのだろう。

一方、竈に燃え上がる炎は熱と共に煙を吐き出す。吐き出された煙はどうなるか?背後に穿たれた煙道をくぐって、戸外へと排出されて消える。

上昇気流を上手く生かして燃焼を促進し、家の中の空気を汚さない。実に画期的な竈である。

しかし残念なことに、この竈は日本には定着しなかった。何故か?日本国が高温多湿気候だったからである。竈が発明された中国大陸北部や朝鮮半島は、冷涼乾燥の気候である。屋根の素材が腐りやすい萱や樹皮であったとしても、雨を浴びることも高温に蒸されることも無い。第一文明の発達も早く、腐る恐れなど無い瓦葺が古くから普及していた。

方や日本。初夏はジメジメ梅雨。夏は高温がむわーっと来て夕立を招く。秋は爽やかにしても台風が襲って大雨。太平洋側の冬は乾燥しているにしても、北日本では一年の半分、屋根を覆う雪。茅や樹皮で葺かれた屋根を腐らせる要因に満ち満ちている。

瓦葺が伝来したのがようやく飛鳥時代。それもながらく寺院建築のみに使用され、大貴族や武士の邸宅でも火や腐朽に弱い茅葺や檜皮葺だった。庶民が瓦葺の家に住めるようになったのは、江戸時代に入ってからのことだろう。

日本の気候に向かない茅葺。しかしそれでも茅葺の家に住まざるを得ない庶民。さてどうするか。屋根を腐らないようにすればいい。燃えないようにするのは不可能としても、長持ちさせたい。

・・・屋根を燻製にしてしまえばよろしい。竈の煙道から排出されていた煙を、家の中にとどめ置けばよろしい。

かくて竈の排煙設備は失われた。煙道の口を家の中に作ればいいものを、煙道そのものをなくしてしまった。焚口にくべられた薪から上がる炎は仕掛けられた釜の前面のみ炙って熱効率は悪く、火の番をする主婦は焚口より吹き出す炎と煙にむせぶ。

実に大きな失策と言わなければならない。屋根の腐朽を止めるはずが、竈の燃焼効率までも悪くしてしまったのである。

煙突の口を家の中に出しておけば、何の問題も無かったものを・・・

かくて平安時代以来、日本の女は熱効率の悪い竈の前に屈み込み、目を真っ赤に腫らしては火吹き竹を吹いた。息がかかって火がおこれば、炎が髪をチリリと焦がす。

こうして十八姉サも、口うるさい姑ババサになり代を重ねていったのだ。

日本の竈に煙突が復活し、煙らない部屋で快適に炊事が可能となったのは、西洋文明が大々的に渡来した明治以降になってのことである。

ああ・・・もったいない!  

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