アメリカ斧の歴史 その1 「処女地は鉄の斧を知った」
以前このブログで、以下の海外リンクを紹介したことがある。
http://www.fhwa.dot.gov/environment/Fspubs/99232823/toc.htm
アメリカ在住の斧研究家が造り上げたホームページ。
インディアンを絶滅に追いやりかけわが国には原爆をお見舞いした憎たらしい鬼畜米英ながらも、力学的に優れた「曲線柄」を発明するなど人類の技術史に貴重な貢献をしたアメリカ。
そのアメリカにおける「斧史」をひとつにまとめた、まことに得がたい頁である。
しかし開いただけでは、大多数の日本人は読みえない。私もそのなかの1人である。
それゆえ、この際翻訳してやろうと思うのである。(著作権は…?)
さて、アメリカにおいて最初に登場した斧は、無論インディアンの祖先にあたるモンゴロイド系の古代人が使用していた石器であろう。白人も鉄砲も伝染病も知らない彼らは、北米、中米、南米に別れそれぞれ独自の文明社会を形成していた。この平和な時代こそを「先コロンブス時代」と呼ぶ。コロンブスが来たせいですべてが変ってしまった…
その一方で、西暦1000年頃のこと。北欧においては長身碧眼の海賊集団「バイキング」が北海沿岸諸国で交易を行い、時には殖民や略奪にいそしんでいた。そんな彼らは故郷・スカンジナビア半島から航海の末アイスランドやグリーンランドを発見し、さらに大西洋を越えてカナダ領ニューファウンドランド島に至る。これこそが、白色人種によるアメリカ大陸発見の嚆矢である。
雪と氷に覆われた故郷とはことかわり、葡萄が実り鮭が泳ぐ豊穣の地。彼らはその新天地を「ヴィンランド」(葡萄の国)と名づけ、丸太で囲った植民地を築き上げる。
しかしこの入植は、失敗だった。彼らは島先住の民族を「スクレリング」(痩せこけた奴)と呼びつけるなど、差別意識丸出し。やがて交易上の行き違いか何かで抗争が巻き起こる。鉄剣、鉄斧、鉄の鎧、そして白色人種特有の壮健な肉体を誇る彼らだが、数を頼みとする先住民相手では多勢に無勢。10数年あまりで撤退を余儀なくされてしまう。
ともあれ、処女地・北米大陸に鉄の斧がつきたてられた最初であることは間違いない。
それから約500年後。スペイン女王をスポンサーにつけた稀代の詐欺師イタリア人(ユダヤ人説もあり)・コロンブスがジパング・インド発見航海の末に現在の西インド諸島に至る。彼は誤解した。こここそが憧れのインドだと。
ここから白人の輝かしい歴史が始まり、誤解によりインディアン・インディオと称される先住民、そしてアフリカ黒人の苦難の道が決定される。
前置きが長すぎたな。
さて「新大陸」の夢を見る白人入植者は、衣服に食料、新大陸には無い小麦に野菜、そして炊事道具や工具を満載した帆船に乗り込み飢えと船酔いに苦しみつつ新天地をめざす。森を開き家を建て薪を得るため、所持品の中に斧があったことは言を待たない。
しかしその形式は、上に上げるような典型的西洋斧とはかなり異なるものだった。
これが、17世紀にヨーロッパ人が持ち込んだ斧の刃である。典型的な西洋斧とは異なり刃は細くて華奢だ。すげられた柄も直線的で細かった。ある程度開発され尽くしたヨーロッパの森を開くには、この程度で充分だったのだ。
しかし、巨木が延々と連なる北米の処女林を開くには荷が重すぎた。かくて開拓民は、独自の工夫を持って斧を改良していくことになる。
続く
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