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グルメ・クッキング

2014年1月26日 (日)

木こりとお茶漬け

炊き立てのホカホカご飯も、一晩おけばボソボソの冷やご飯。
「冷えた飯は不味い」は米食民族の共通事項である。
日本でも「冷や飯食い」は集団の中で冷遇される意味を持つが、
中国韓国ともなれば、「冷や飯食い」は「臭い飯を食う」と同義語らしい。
かの国では、日本から伝わった海苔巻寿司ですら温かい飯で作るとか。

ともかく、冷えた飯は不味い。

東アジアで冷えた飯を我慢して食うのは日本人くらいらしい。

さて、冷えた昨夜の飯をうまく食う法の一つが「お茶漬け」。

Diary



ガビガビに固まった飯でも煮えたぎるほうじ茶をかければハラリとほぐれ、
喉にサラサラと流し込める。まさにお茶漬けサラサラ。
梅干しか刻んだ高菜でも載せればなお美味い。

腹にたやすく収まり、水分も補給できると来れば二日酔いの朝にはまさに天上の滋味だろう。

しかしそんな恩恵にあずかれない商売がある。
それが「木こり」。
木こりだけではない。マタギに鉱山掘り、あるいは牛方馬方。
とにかく、山中で危険な肉体労働に従事する者はみなお茶漬けや汁かけ飯が厳禁だったということだ。

理由は?
「仕事に『味噌をつける』から」。

何ともハァ?な理由だと言わざるを得ない。

「お茶漬けを掻き込めば消化が悪く、仕事に差し支えるから」などと
無理やり医学的に解釈する向きもあるが、
サラサラ掻き込めるお茶漬けは消化が良くてむしろ腹が減る。

しかし、一瞬の風向きの迷いから倒れる大木に押し潰される木こり、
手負いの獲物に反撃されて絶命する危険をはらむマタギ
山賊に追われ、悪路に道を踏み外す牛方

空調のきいたオフィスでパソコンをカタカタ言わせていればいい人間には想像もつかない、
真剣なる「ゲン担ぎ」が存在するのだろう。

「茶漬けを食うのは縁起が悪い」の迷信は、「山子」と呼ばれた北海道の木こりから
秋田のマタギ、民俗ライターの遠藤ケイがフィールドとした秩父山地、
そして中国地方、さらには四国の山岳地帯にまで伝承され、
その分布地域は幅広い。

日田や飫肥のような九州の林産地でも伝承されているかは未確認だが。

しかし…
米粒が喉をサラサラ撫でさする感触を味わえぬとは、
因果な運命ではないか。

2008年2月28日 (木)

斧でぶった切りにして料理する「まさかりかぼちゃ」

食べ物を料理する際は、包丁で刻むものだ。包丁でなければナイフで刻むものだ。丁寧にサクサクと。

しかし斧でぶった切りにして料理する素材もあるのだ。牛や豚を屠殺するのではない。野菜を切るために。

その、あわれ斧でぶった切りにされるのが知る人ぞ知る北海道の郷土野菜、「まさかりかぼちゃ」。

北米原産の野菜、南瓜は世界各国に広まるにつれて様々な品種を生み出した。日本野菜として定着したのが京料理でお出汁で上品に煮込む「和南瓜」。菊の花にも似た、深い縦方向の皺を等間隔に刻むものだ。ドテ南瓜の悪口をも生み出し、冬至の南瓜汁粉にも採用されるほど江戸庶民に広まった南瓜に、明治時代北米産の品種が新たに広まった。

それが、北米産のハッバード種だ。それまでの和南瓜とは異なり、溝が浅い。そして皮が非常に硬い。その中でもラグビーボール型になる品種のものはとにかく皮が硬く、料理しようにも普通の包丁では傷すらつかない。こんな南瓜をどうやって食う?

包丁で切れないならマサカリでぶち割るしかない。それでついた名が「まさかりかぼちゃ」。

硬い皮をぶち割りさえすれば後は簡単だ。塩茹でにすればいい。煮あがれば芋のようにホクホク。これを米の飯代わりに喰らいついた、開拓時代の北海道。冷涼な気候にも強いこの南瓜は、芋とともに開拓民の腹を満たした。いくら喰らいついたとて硬い皮には食べきれない。その皮は薪ストーブに乗せて焼く。さすがに焼いても皮は食えないが、皮にこびりついた食べ残しの実が上手い具合に焼けてくれる。

焼けた皮に喰らいついて、こびりついた実をあさる。一個で二度美味しいまさかりかぼちゃ。

Photo

栗カボチャやえびすカボチャ、いまのスーパーに並ぶ西洋カボチャの近縁であるカボチャだが、昨今では前記のカボチャに押されて栽培面積もめっぽう減った。

それを嘆いたのが、札幌市郊外に昭和58年オープンした野外博物館、「北海道開拓の村」だった。

開拓時代の畑を再現したいので『まさかりかぼちゃ』の種があったら寄贈してください」

思想的にはかなり問題がある某地方紙を媒体とした呼びかけに北海道各地から種が郵送され、めでたくイナキビや蕎麦、粟に稗とともに開拓時代の畑に撒かれた、まさかりかぼちゃ。

秋にはラグビーボール型のかたーい実を結び、恒例の秋祭りにて手斧で割られてゆでられ、観覧者に振舞われた。20年以上たった今でも変わらない。

北海道の開拓をささえた、まさかりかぼちゃ。

2008年1月30日 (水)

三方六

北海道の冬は寒い。地球温暖化でも、断熱建築が整備された冬でも寒い。

そのような寒い冬、家をあたため家人の命をつなぎ、団欒の中心となるのはやはりストーブだった。

物資がすべて不足していた開拓時代。高温多湿で夏向きな「内地」の建築をまねて作られた家の中では、昼も夜も火が焚かれ家族の命を守った。

秋九月、本州ではいまだ残暑の折にはや火が入れられ、5月半ばにいたってようやく役目を終える寒冷地のストーブ。ゆえに、焚かれる燃料は膨大なものにのぼった。

たとえば薪ストーブ。北海道でも特に寒気が厳しい十勝地方ででは、一年に焚かれる薪の量は3敷から4敷にも達する。

「敷」とは、薪を計量する際の単位である

直径一尺二寸、長さ2尺の丸太を四つ割りにすれば、断面の一変がそれぞれ6寸、長さ2尺の薪が出来上がる。この大きさの薪を「三方六」という。三方六の薪85本くらいで一敷。

そして三方六の薪85本を積んだ体積である、縦60cm、横180cm、高さ150cmの容積に収まる薪の量も1敷で勘定する。いずれにせよ、膨大な薪の量だ。一冬に三敷の薪を焚き、夏に一敷の薪を焚いて一年が過ぎる。

北海道帯広市は菓子の町。地元産の大豆に小豆、麦に馬鈴薯、乳製品を利用した銘菓が競う中で、老舗「柳月」が誇るのは「三方六」。

細長く分割されたバウムクーヘン。外側にはホワイトチョコレートとミルクチョコレートのマーブル模様が美しく、外見はまさに白樺の樹を割って作った、薪そのまま。

箱に添えられた、鋸を模したプラスチックナイフでお好みの厚みに刻み、口に入れる。

オレンジを思わせる芳香が口の中ではじけ、やがて舌の熱でとろける樹皮、もといチョコレートのコンビネーションの軽やかさ。

濃く淹れたセイロン紅茶とともに味わい、北の大地とともに生きた開拓民の昔に思いを馳せるのだ。

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